「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」ネタバレ考察|物語ではなく【プレイヤーの体験記憶】に忠実なマリオらしさ

ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー 映画

世間では「ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー」が公開されている中、
私は前作である「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー 」(2023)を、例によってアマプラで視聴しました。

マリオと言えば、横スクロールアクションゲーム

幼少期に把握していたストーリーとしては、
「なにやら配管工がお姫様を助けるらしい」程度でした。

えいまんぼん
えいまんぼん

……そもそも
配管工がお姫様を助けるって、なんで?

そんな、ネームバリューに対して設定が知られていないこのゲーム原作映画……

果たしてどう調理されたのか?
と、気になって見てみたら、

各キャラに意外なロールを与えて構成されていました。

というわけで、今回は【作中での役割】から構造を見ていきたいと思います。

ネタバレに配慮をしていませんので、本編を見てからの閲覧を推奨します。

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◇あらすじ

ブルックリンで配管工として独立起業を目指すマリオとルイージ。
お金をつぎ込んだCMを見て初の依頼が来るが、なかなかうまくはいかず、父親からも理解を得られない。

――お前には何もできない。
――弟を巻き込んでいる。

そんな言葉がマリオを苛む中、テレビで報道されたブルックリンでの大規模な配管破損による洪水。
マリオは「運命の導きだ!」と、ルイージを連れ現場に向かい排水溝に飛び込む。

そんな彼らが偶然たどり着いた、不思議な地下空間。
二人は土管に吸い込まれそれぞれ別の世界にワープする。

マリオがたどり着いた場所こそが、キノコ王国――大魔王クッパが次に狙う土地だった。
そこでマリオはルイージが、クッパの拠点とするダークランドという危険な場所にいることを知る。
国のために立ち上がったピーチ姫からの特訓を受け、マリオは弟を救うため様々な困難に立ち向かう。

◇古典的役割を逸脱した【役割の配置】

ルイージ【姫】=主人公の目的

あらすじの段階で見えてきているかと思いますが、この作品のヒロインはルイージです

理由は単純。
マリオが行動するのは彼のためだからです。

マリオの目的は終始「弟を助ける」であり、本来「お姫様」であるはずのピーチ姫が彼の目的に登ることはありません。

えいまんぼん
えいまんぼん

ピーチ姫を愛して
「お姫様」として欲しているのはクッパの方ですね。

※もちろん終盤ではマリオと共に、「二人なら何とかなる」という台詞を体現する大活躍をしますのでご安心ください。

ピーチ【師匠】=主人公の導き手

対して師匠ポジションについたのが、なんとピーチ姫。

マリオと出会うより前から、自国に攻め込むクッパに対抗するためにジャングル王国との共闘を考え、「私が倒します」と宣言するかなりアグレッシブな姫として描かれています。

そして、そこについていきたいというマリオを、ゲームステージさながらのギミックで特訓して、彼を導くのが彼女。
その後も、キノコ王国で右も左もわからないマリオをずっとリードしていきます

ほんのりと恋愛に育ちそうなシーンがあっても、普通に絆と捉えられる範囲にとどまり、ロマンス要員ですらない塩梅での描かれ方をします。

要は彼女を「姫」「トロフィー」として扱い、
「お姫様」としての役割を唯一担保しているのは悪役であるクッパなんです。

国民であるキノピオたちですら、「プリンセス」と呼称こそすれど、逆に彼女に守られている立場です。

えいまんぼん
えいまんぼん

昨今のディズニーなどで顕著な、
プリンセス・女性を「結婚」と「守られること」で
幸せになるものとしては描かれない傾向に即していますね。

まあ、この作品でのピーチ姫は【戦う女性】すら通り越して【師匠】なのですが。

ドンキー【ライバル兼相棒】=対立後に大きな敵と共闘する

ここに抜擢されたのは、ドンキーコングです。
(……元々敵だよね?)

彼はジャングル王国との同盟のための【試練】として登場し、戦いを通して絆が生まれ、マリオと共にクッパに立ち向かう【共闘】関係になる。

このポジション、実は扱いがちょっと難しい。

それもそのはず。

最初は障害として立ちはだかるサブキャラクターでありながら、
その後に【成長】を主人公と一緒に経験しないと【共闘】にふさわしい存在になれないんです。

その点この作品では、彼の成長物語はしっかりと描かれています。
むしろ、少年漫画ならサブ主人公に近いポジションにふさわしく途中で成長曲線的には一番強調されているシーンすらあるくらい。

①人気者として調子に乗っている
②マリオへの敗北で、共に戦いに旅立つ
③ピンチになってマリオに八つ当たり
④お互いの「認められていない」を言い合う
⑤ピンチを共に乗り越え心を開く
⑥最大の窮地に駆けつけマリオと共闘して活躍
⑦父親を救出し認められる

この物語、実はマリオ一人ではちょっと成長感が物足りない・単調であるともとれる造りなのですが、それを【彼との絆】も共に【成長】させることで補っています。

正直、隠れたMVP配置だなと思っています。

◇それでも本作が【マリオである】根拠

以上のように、キャラクターがなかなかに本来の【古典的イメージ】からは外れている本作。

ともすれば、マリオの皮を被った偽物っぽくなりかねない試みなのですが、きちんと「マリオの映画だ」と思わせる仕掛けが随所にあります。

それが、ゲームのシーン・ステージ・演出の再現です。

例えば序盤では、明確に横スクロールを意識したカメラワークのシーンがある。
キノコ王国には理屈はわからないけど浮いているブロックがあり、土管で移動する。
特訓シーンはどう見てもマリオのゲームステージ
虹色の道を走るカーチェイス。
随所に待ち受けるおなじみの各ステージの敵たち。
アイテムで変身するマリオ。

【自分がマリオとして体験したゲームの世界】がありありと提示される。

プレイヤーがマリオを通して【経験】し、強く記憶しているのは、
おそらくマリオの物語ではなく【マリオになって攻略したステージ】です。

そこさえ抑えれば、観客は【自分が体験したマリオの世界】を感じる。

つまり、この映画は、そんな【観客のマリオの記憶】を逆手にとって

「これは間違いなく私が昔遊んだマリオだ」

と思わせることに成功しているのです。

◇まとめ

任天堂によるマリオシリーズの発足は1981年だそうです。

まだ現代人のお姫様イメージの代表である、ディズニープリンセスは白雪姫・シンデレラ・オーロラ(眠れる森の美女)しかいない時代です。

そんな時代感を土台に作られた【原作】マリオシリーズ

おそらく、そのままの設定で出したら「正直古臭いな」という印象になったと思います。

本作は見事にそれを回避し、キャラクターたちに【現代的なロール】を与えることで、現代で受け入れられる物語として再構築されていると言っても過言ではないでしょう。

そしてそれを支えるのが他でもない、我々が遊んできた【ゲーム・スーパーマリオ】の記憶なのです。

◇余談:自認可愛いのキノコたち

今作、キノピオたちが、なかなかにクレイジーなキノコとして描かれています。

『自認=可愛い』です。

最初、

「ですけど、私たちこんなに可愛いんです」

という台詞を聞いた時は、聞き間違いかと思いました。

ですが続けて、

「どうかご無事で。……可愛い我々のためにも」

と渋い真面目な声でのたまうキノコが登場して、どうやら聞き間違いではないようだと認めざるを得ませんでした。なんだこのキノコ……?

いや、そういえば公開中のギャラクシーの方でも、予告編でキノコが自分のこと可愛いと思ってる台詞を言っていましたね?

そのほかにも、

「可愛いには飽きました」

「死ぬには可愛すぎます」

など名言が多数ございます。

キノコの自認だけでもよかったら見てみてください。
正直そこが一番笑いました。

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