劇団四季のゴースト&レディが先日大千秋楽を迎えましたね。
私はライブ配信で視聴しました。

原作は、藤田和日郎氏による「黒博物館 ゴーストアンドレディ」
フローことフロレンス・ナイチンゲールが看護婦になるところからの上下巻の物語で、劇団四季版よりも長い期間が描かれます。
今回注目したいのは、原作にはなかった【追加設定】
この記事では、それらによって物語がいかに分かりやすい構造に整理されているかを追っていきたいと思います。
原作との違い・変更点についてネタバレで語りますので、未読の方は一度お読みいただいてからの閲覧を推奨します。
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◇あらすじ
ロンドン、ドルーリー・レーン劇場。
そこに憑りつくシアターゴースト・グレイの元に彼の姿が見える女性がやってくる。
フロレンス・ナイチンゲールと名乗った女性はグレイに頼み事をする。
「どうかお願い、私を殺して」
事情を聴くと、彼女は天啓を受け看護婦としてクリミア行きを希望しているが、家族の猛反対にあっているという。
フローに興味を持ったグレイは彼女のクリミア行きを手助けする。
「こういう女が絶望するところを見たい」と思ったグレイは「絶望したときに殺してやる」と約束をする。
――ゴーストは人間を殺すと塵になって消える、ということを告げないまま。
クリミアへ向かった二人は、様々な試練を乗り越えながら【不思議な絆】を築いていく。
◇追加設定によって発生した【選択】の重み:デオン
1・設定の変化:死に場所を探す幽霊
ミュージカル版と原作では、
①聞き手となる学芸員がいない
②キーアイテムのかち合い弾がない
③オリジナルキャラクターのアレックスとエイミーが登場
など、いくつかの改変点があるのですが、ここで特筆したいのは【ゴーストは人間を殺すと塵になって消える】という追加設定です。
この追加設定で、作劇上の役割が大きく変わった人物がいます。
それが、デオン・ド・ボーモン。
シュヴァリエ・デオンとして名を馳せ、生前にグレイを殺した人物です。
原作のデオンは、殺人・決闘に執念を持つ最強のゴーストとして登場します。
野心に溢れたジョン・ホール軍医長官に憑りつき、彼が排除したい人間を手にかけていたヴィランです。
……ここまででおわかりでしょう。
この設定では、デオンは存在できません。消えてます。
主観になってしまいますが、おそらくこの設定追加自体が【デオンに別の役割を与えるため】というのが、私の見立てです。
劇中で彼女/彼は「男として育てられ」「男として華々しく生き」「女と見破られ孤独な最期を送った」という生前を語ります。
デオンが望んでいるのは最期をやり直し、「名誉ある最期をむかえる」こと。そのために、殺すに値する人間をずっと探していた。その標的になったのがフローです。
つまり、まず彼女/彼は【死に場所を探している】キャラクターとなっています。
そのため原作よりも「フローの殺害」という【選択】が重い意味を持ちます。
2・思想の変化:女性性の否定
では、なぜデオンはフローを「死に場所」に選んだのか。
いくつか考えられますが、構造的に見ると【女性性の否定】が一番合致するかと思います。
デオンが初めにフローに興味を持ったきっかけの単語は【天使】という女性的な称号。
その単語にデオンは「やっと見つけた」とすぐに目を付けます。
元より【女の英雄】の登場を待っていたともとれる反応かと思います。
推測ですが、これは「幽霊は本来の自分らしい姿をとる」にもかかわらず、デオンが女性の姿をしていることが鍵かと思います。
彼女/彼はずっと間違いなく【女性】だったのです。
男性として生きつつも、女性の身でその人生を過ごしていた。
「自分は女だが男にも負けないくらいに男であり、英雄であった」という自負があった。
そして、ただ「女である」というだけで孤独な最期を送った。
だから彼女/彼は誰よりも、【女性の英雄】の殺害を決めるほどに否定しつつ、【女性の英雄】が自分の最期を美しいものにできると信じている。
――「女であり」「ゴーストになった」という呪いを断ち切ることができると。
つまり、「男として生きたが間違いなく女でもあった」という二面性が、彼女/彼に【女の英雄】――つまり、女性でありながら普通の女性としての道を歩いていない存在を「美しい最期」にふさわしい相手として選ばせているのです。
だから「天使を信じたシアターゴースト」による最期を「悪くない」と評する。
そして、この【選択】と【思想】がデオンにある役割を与えています。
それが次項で触れる、【鏡】です。
◇追加設定で現れた【2枚の鏡】:フロー
1・極端な位置に配置された鏡=デオン
デオンに付属する【女として生きなかった】という属性は、前述のとおり実はフローにも当てはまります。
それを強調するのがミュージカル版の追加要素、フローの元婚約者・アレックスによる2度のプロポーズ。
彼女はそのひとつの幸せの形を断っているのです。
つまり、彼女は看護という使命のために「一般的な女性としての人生」を自ら遠ざけている。
デオンはそんなフローの【極端な位置にある鏡】=【突き進んだ先にあったかもしれないフローの姿】として配置されているのです。
2・反対側の鏡=エイミー
そして、もうひとつ。
フローには、デオンと真逆の位置に置かれた【鏡】が配置されています。
それがミュージカル版オリジナルキャラクター・エイミー。
彼女はフローが歩むのをやめた【アレックスとの結婚】という道を選ぶ。
その報告シーンは、フローが現状を振り返り【孤独】を感じるきっかけとなっています。
つまり、フローが選ばなかった道の象徴がエイミーなのです。
3・追加設定で見えた「フロー」という女性
・追加設定でフローが突き進む先にありえる鏡となったデオン
・追加されることでフローが選ばなかった道を可視化したエイミー
ミュージカル版ではこの二人の女性の両極端な配置が、フローという主人公を照らし出しています。
それが「普通の人生を捨て使命に突き進みつつも、女性の幸せは理解できる」という、揺れる一人の女性です。
ともすれば、突き抜けの弱いキャラクターにもなりそうな味付けなのですが、その信念と少しの弱さが、彼女を好感度の高い【感情移入できる】キャラクターにしています。
――つまりミュージカル版では、彼女の選択を象徴する【鏡】を両極端な位置に置くことで、フローという女性像と、物語の構造を分かりやすく見せているのです。
◇追加設定で【作者】になった語り部:グレイ
構造の分かりやすさという面ではグレイの存在も欠かせません。
まず、この物語は明確にW主人公形式をとっています。
言わずもがな、フローとグレイの物語。
劇はグレイを【語り部】として、要所で観客に語りかける形で進みます。
割ときれいに役割が分担されており、
観客を【導く】=物語を回すのがグレイ
観客を【没入させる】=【推進力】がフロー です。
特筆するべきは、作中で【グレイの成長・変化】もメインとして描かれているという点。
フローの行動力で物語を進め、フローの成長を描き、それを間近で見ることで影響され【成長する語り部】が丁寧に描かれているのです。
つまり、観客がフローを見て「どう変わってほしいか」という制作側の意図のひとつの答えを提示している。
フローが看護の道を突き進む「動」の成長が、裏切りを恐れていた幽霊を「俺は、信じたいものを信じた」という境地にまで到達させる。
ここでは、この劇自体についての追加設定が効いてきます。
それは劇が【グレイが書いた舞台の演目】として語られていること。
別記事で触れますが、実はこの舞台、プロットポイント=物語の転換点には全て【フローとグレイの関係が変化するシーン】が置かれています。
対して、フローの看護婦としての活躍は歌唱シーンや新聞記者・ラッセルの報告として描かれる。
つまり、ややダイジェストなのです。
主題が二人の関係性であることは明白。
彼の劇中での到達点から考えても、彼にとってのこの物語は、「人を信じることを教えてくれたフローへの感謝」を書き記したものなのでしょう。
だからフローは主人公でも【推進力】寄り――つまり、影響を与える側としての側面が大きい。
そもそも彼が書きたかったのは「俺しか知らねえお前の物語」ですからね。
要はこの物語は、グレイという【語り部】がフローの成長譚に参加し、【不思議な絆】によって成長する話と言えるでしょう。
◇まとめ
原作の魅力を残しつつ、各種【追加設定】で、わかりやすい構造に【再配置】された、ミュージカル「ゴースト&レディ」
何がすごいって、原作とは違う配置になっていても、「これはゴースト&レディだ」と思わせる話になっている点。
それは、他でもない【再配置】が、原作の【魂・軸】を可視化するために行われているからでしょう。
グレイが描いたフローの魂の物語に対して、私も声を大にして言いましょう。
「これはゴースト&レディだ」と。
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